なぜみんな館山が大好きなの?

2011年12月から10ヶ月に渡って館山の魅力を掘り起こし続けてきた「たてやまGENKIナビ」ですが、残念ながらこの回を持ちまして締めくくりの次第と相成りました。
毎週金曜日15時51分からbayfm78にて放送される3分間の番組と、本サイトにて公開される記事情報をご聴取ご購読頂いた皆様、誠にありがとうございます。Bayfm78での放送は9月28日(金)をもって終了となりましたが、本サイトは少々のリニューアルを加えまして2012年度いっぱい継続させて頂きますので、館山の観光情報をお調べの際はぜひ手引きにして頂けると幸いです。
今回は、たてやまGENKIナビの最終回を迎えるにあたって、GENKIナビが始まった経緯やこれまで現地取材してきた地域レポーターの生の声をお届けすることで総括したいと思います。全43回の謎テーマや、数々のイベント情報を掘り起こしたことで館山が大好きになってしまったという移住者がほとんどの彼ら。どのような所感を抱いているのでしょうか。その思いの果てを探ってみましょう。

(2012/09掲載:H)

たてやまGENKIナビってどうやって始まったの??

たてやまGENKIナビは館山市の委託事業として始まったものです。地域を駆け回る地域レポーターによって、bayfm78のラジオ番組とWEBの記事を連携させて館山を紹介するこの企画、全国的にみても新しい試みとされています。
それではまず、このアイディアはどのように生まれてきたのか?ということでたてやまGENKIナビの構想の方向性や組立を行われてきた館山市観光協会代表理事副会長の鈴木聰明さん(たてやまGENKIナビ事業のプロデューサー)にお話をお聞きしました。

鈴木聰明さん

「狙いはハッキリしていました。地域情報の発信力、即ち『地域メディア力』の強化と人材養成ということです。
地域メディア力といっても聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言えば『地域の資源をちゃんと見て観察して理解して伝える』ことをいいます。
インターネットがこれほどまでに普及してきた現代では、むしろネット情報が氾濫して無法地帯と化している実情もあります。そこでもう一度地域の情報を丁寧に取材し紡ぎ合わせ、誰にとっても入りやすい、そして質の高い地域メディアを創りたいという意図がありました。」

「またもう一つには、『21世紀的な生き方』とは何か?ということをここ館山から提起していく目的もあります。19世紀20世紀と産業が発展して、人間の認識も急速に拡大してきましたが、その拡大の次にくるものは人間本来の心に合った暮らしなのではないかと思うんです。 館山と言う土地はそれが良く似合っていると思っています。
都市集中型の経済発展モデルは現在危機に瀕しているにも関わらず、やはり人は都市を目指します。これにはある種の都市生活への期待やあこがれのようなものがあると思いますが、現実とのギャップのなかで、改めて『幸福のカタチ』のようなものを1人1人が問いかける必要があるのではないでしょうか。
そこでGENKIナビでは、地域の資源に加え『人』『移住』といったテーマも掲げつつ、ここ館山の今の暮らしに軸足を置き、鮮度ある情報をラジオで伝え、深堀した内容をWEBで簡潔に読み切りれるよう組立てにしてみました。

bayfm DJ 島村幸男さん(城山公園にて)

「ラジオと連動させた紹介の仕方については、他のメディアに比べて発信する側の負担が少ないという利点ももちろんありますが、それ以上に情報の受け手が、今やっていることを邪魔しにくいということに目を向けています。
テレビを代表する視覚的なメディアは認識を占有する比率がとても大きいのに対して、ラジオは何かをしながら聞くことができますよね? この点が、たてやまGENKIナビの目的としっくりしたからで、じっくり読み、写真も見たければたてやまGENKIナビのWEBサイトを見ていただければいい訳です。」

どうでしょうか。昨年の12月から10ヶ月に渡って毎週金曜日に1テーマを更新してきたたてやまGENKIナビ。従来の観光情報とは一風変わった形と内容をもって館山を紹介してきましたが、その裏側にはこうして温められてきた基本路線があったのですね。
たてやまGENKIナビのテーマを決めるにあたっては、実際に市の職員の方々をはじめ多くのご助言を頂きました。そこで多く挙がっていた声としては、地元の人が自らの住まう街館山についてもっと知ること、そして田舎という枠の中では比較的住みやすい館山をもっと多くの人に知ってもらおうということ。一昔前に流行った「スローライフ」や現在進みつつある「農的生活」といったタームも含めて、館山にはそうした受け皿がたくさんあります。このような21世紀的な館山像がひとりでも多くの人に伝わることができたら本望です。

それでは、座談会にて地域レポーターの生の声をお聞きしてみましょう!

たてやまGENKIナビ座談会!!

<参加者>

日下智幸さん

日下智幸さん

私は2011年の4月に越してきたのですが、その前は船橋市でフリーランスのライターをやっていました。子供が今小学校1年生なんですが、子育て環境に良いところはどこか?といって探してみたところ、館山が候補に上がってきたんですね。
ちょうどおせっ会などのNPO活動ともリンクする形で、受け入れ体勢もできていると感じたので館山に引っ越してきました。

東 洋平(筆者)

東 洋平(筆者)

私も2011年の4月に学生生活を終えて実家である千葉市稲毛区から館山に越してきました。
音楽の録音やMIXという過程を学びに館山に越してきましたが、同時に循環型社会や持続可能な社会のような問題に興味があったので、地方で自分に何ができるか模索しつつイベントやフリーペーパーを作って活動していたところ、たてやまGENKIナビに携わらせて頂けることになりました。

岡村彩さん

岡村彩さん

私は2012年の5月に移住して来る前は、添乗員の仕事をしていたので、ほとんど家に帰ることのない生活を送っていましたが、結婚を期に自分の家族を作ることを想像し真面目に考えるようになりました。
東京はずっと息苦しさがあったので、もっとのびのびできるような自然に囲まれている場所で生活したいと思う中、よく南房総に遊びに来ていたので東京にも近いしいいなぁということで、こちらに越してきました。

山野綾さん

山野綾さん

私は、小さい頃から館山の少し上の富浦に住んできました。これまではあまり、この土地の良さというものがわからなくて、遊ぶところもないなぁと思っていました。
友達もどんどん上京して行ってしまう中で、自分も資格でも取って千葉市にでも引っ越そうかなと思っていた矢先にたてやまGENKIナビの事業を知り携わらせて頂けることとなりました。

獅子田正臣さん

獅子田正臣さん

私は地元館山生まれです。現在館山市役所商工観光課で定住促進の仕事をしています。
学生時代は都心で過ごし、そのまま東京で一旗揚げようかとも思っておりましたが、地元のために働きたい気持ちもあって館山に帰ってきました。NPO法人おせっ会とともに、市では移住定住施策を推進しています。たてやまでの「暮らし」に興味がある方は是非ご連絡ください。

1年間の取材執筆を通して感じた館山を語り合う会として集まって頂きましたが、いかんせん43テーマすべてについて触れることはできません。そこで、中でも印象的なテーマを切り口に自由に話し合ってみようということになりました。たてやまGENKIナビは、テーマを5つのカテゴリーに分けておりますが、そのカテゴリーからいくつかピックアップしてみました。

海と自然

なぜ館山にサンゴがあるの?

日下
「いや~あの日が結構良かったんだよね。潮も良かったし、水も綺麗だったし、まぁ確かに6月で水温は低めだったんだけど、ちゃんとウェットスーツを着込んで、きっちりと体験させてもらいました。」
獅子田
「子どものころはよく泳ぎにいってましたね。寒い時はTシャツを着て入ってたんですよ~。」

沖ノ島スノーケリング体験

岡村
「そういえば聰明さんTシャツでしたよね、みんなウェットスーツなのに。地元の人特有の入り方なんですか?(笑)」

山野
「でも、私実は沖ノ島行ったの、あの時が初めてだったんです。」

皆 「え“~~」

山野
「近すぎたんでしょうね。意外と地元の人で行ったことない人って多いんですよ~。でも実際に泳いでみて透き通った感じやイワシの群れがサーっと通り過ぎていく様には本当に感動しましたね。今まで来なかったことを悔やみました。」

トゲイボサンゴの仲間

日下
「そうか~。俺の場合は、スノーケリングは昔からやっていて越してくる前から沖ノ島にも何度も来ているんだけど、ついぞサンゴにお目にかかることはなかったんだよね~。結構探してはいたんですが。
それが今回海辺の鑑定団さんに案内頂いて、効率よく発見することができてこれにはびっくりしましたし、さすがだな~と思いました。」
獅子田
「羨ましいですね~。私は見たことないんです。」

「記事にも書きましたが、世界中で最も高緯度の場所に生息するサンゴということが館山サンゴのすごいことなので、至るところにあるわけではないところもミソなのではないですか?これには黒潮が関係しているとの話でした。」
日下
「だよね~。黒潮の北限域ということは館山が館山であるための一つの重要な要素。」

ここで黒潮と関わりのあるその他のテーマをご紹介しましょう。

12月2日 なぜ館山は房総の中心になったのか?
12月30日 初詣パワースポット情報 館山にはなぜ一宮が2つあるの?

安房の神話といえばなんといっても忌部族の伝説。史実としては不確かな所もありますが、安房には忌部氏との関わりの深い神社が数多く存在します。この忌部族はなんと徳島の阿波(あわ)から海路で渡ってきたと言われています。この海こそが流れの強い黒潮なのです。

2月3日放送 なぜ館山は新鮮な魚がこんなに安いの?

館山で獲れる魚の種類は実に豊富。この記事ではなぜ館山沿岸の海は栄養が豊かなのか、そのような、少し気になっていてもなかなか知ることのできないポイントにも触れています。黒潮の北限域館山湾沿岸は、色んな海流の交わる場だったのですね。

1月6日放送 なぜ館山は真冬に花いっぱいになるの?
2月10日放送 なぜ洲埼灯台はマーガレット岬と呼ばれているの?

一足早い花を咲かせる館山。冬に花が少ないのは、氷点下になると霜が降りて根が傷つけられてしまうことによります。ここ館山では黒潮に温められた風が海から常に吹いており、その影響で霜がほとんど降りないのです。こんなところにも黒潮が関係しています。

4月13日放送 なぜ沖ノ島には歩いて行けるの?

サンゴの記事の姉妹編ともいえる沖ノ島についての記事。沖ノ島が陸繋島になったことにも実は黒潮が関係しています。

8月31日 なぜ南房総が万祝発祥の地なの?

江戸末期から昭和の初期にかけて漁師は、大漁の年の翌正月に万祝という羽織をきてお祝いをしました。この漁民芸術の華といわれる万祝は、藍で染められた染物。江戸末期に南房総を含む千葉県沿岸で万祝の風俗が始まったことには、良質の徳島の藍が黒潮を渡って南房総に届いていたからなのです。

 黒潮一つでもここまで多くのトピックに関わっているんですね。黒潮はその海流の大きな力で人やものだけでなく、魚や花、芸術作品まで運んできてくれていたことがわかります。
たてやまGENKIナビは毎週謎をテーマに掲げ、それらを解明するというスタイルでこの土地の資源を掘り起こしてきました。解明するためには根拠が必要になってきますが、館山という土地に限定すればもちろん人的・物的資源や歴史的な出来事が制約されますので自ずと最大公約数のような原因が存在してくるわけです。
このようにいくつかの大きな根拠から派生してテーマ同士を関連付けていくことは、個々のテーマについてもすっきり覚えやすく、館山を理解する上でも、また語る上でも大きな力になってくれると思います。

なぜ館山の富士山は大きいの?


「それでは次に、たてやまGENKIナビ史上最高アクセス数を誇る『富士山』について話を進めてまいりましょう。住んでる人はよくわかっていると思うんですが、館山といえば富士山ですよね!」

北条海岸からの富士山

獅子田
「やっぱりこれについては移住促進の仕事に携わるものとして、訪れる皆さんが口を揃えて『海越しの富士山』に感動したという声をいつも聞いています。市内で場所を変えれば東京湾・太平洋越しと両方見えてしまうんです。すごいロケーションですよね。」
日下
「そしてまたこの富士山が大きい!ほんとビックリするぐらい大きいんですよね。この回はその謎を解き明かすために2ヶ月もかけたんですよ。」

「富士山やってる時本当に面白かったですよね~。日下さんが色んな角度から富士山が大きい理由を取材してこられるんですけど、あ~でもないこ~でもないと検証を重ねた末に『東君 見つけたよ・・・』って。あの瞬間は格別でした(笑)。」
日下
「前に船橋に住んでいたので、都内に住む大半の人々と同じような富士山を見ていたと思うのですが、よくマンションから富士山の写真を撮っていたことが功を奏しました。当時は晴れた日に富士山の全貌が見えていると思っていたのですが、実は丹沢に隠されてほとんど裾野の部分が見えていなかったんです。それに対して館山からの富士山には手前に隠すものが一切ない。これが一番のポイントですね。」

相浜からの富士

岡村
「そう、よくツアーの添乗員をやっていて思ったことは、北海道やもっといえば沖縄の人などは富士山って生まれてから一度も見たことない方も多くて、富士山だけでツアーができあがっちゃうぐらいなんです。
富士山が見えるだけでも素敵なのに、海の上にドーンてくるあの神々しい姿は是非遠方の方々にも体験してもらいたいなぁなんて思っちゃいます。」
山野
「富士山と同時に伊豆大島も見えるところも人気の秘密ですよね。」
獅子田
「すごい晴れた日で空気が澄んでいれば、南アルプスまで見えることもあるんですよ。」
日下
「そうそう、南アルプスであれば城山からの眺望がおすすめです。」

 富士山のこの話題は地元の人にとって当たり前でも地域外の人にとっては宝物といった類の話の象徴的な内容を含んでいたように思います。館山湾は入江になっておりまして、その真ん中に富士山が構えているため、どこから見ても一望できるロケーションになっています。そのためだんだん街に溶け込んでくると常にそこにいるような感覚を覚えますし、特に地元の方はあえてこと更に褒め称えることもないでしょう。
ただもちろん無感覚になるというわけではなく、その感動が習慣化されて驚きとは異なった何かその土地特有の充実感に変化していくのだと思われます。館山はそうしたライフフィールドとしての資源に満ち溢れています。この点に注目して一段掘り下げた観光情報を目指したものがたてやまGENKIナビだったとも言えるのではないでしょうか。

食と農水

山野
「食と農水といったテーマではトウモロコシの取材が面白かったですね~。というかトウモロコシ美味しすぎでビックリでした。東さんの噛り付き方ハンパじゃなかったです。」

「確かに。あの写真は18禁だよね(笑)。トウモロコシについてもそうでしたが、他にもレタス落花生といった特産すべてが館山特有の砂地の土壌と関係しているんですよね。ひまわりもそうでしたし、はては平砂浦海岸の防砂林だってそういった観点から結びつきます。」

トウモロコシ

レタス

落花生

ひまわり



日下
「館山は海岸線一帯が歩ける砂浜になっていて、特に平砂浦なんかは昔は年中砂との戦いだったって話だもんね。」

「野菜や花がほかの土地と一味違う美味しさや日持ちの良さを発揮していることには、この砂地の土壌がキーを握っていたんだということが取材を通してわかりました。水はけのよい砂地なので、植物自身の潜在能力を良く引き伸ばしてくれるそうです。そういった視点で農業をされているのは特に神戸や西岬地区が多かったですね。」

なぜ平砂浦を訪れる人が増えているの?

なぜ平砂浦を訪れる人が増えているの?

日下
「そうなんだよね~。あの辺一帯は館山らしい資源に溢れていて、今まさに見直しが始まっている最中だったから、現在進行形の話題もあったね。」
岡村
平砂浦のテーマ名も、訪れる人が増えているって話でしたものね。」
日下
「まぁ実際には統計をとっているわけではないから本当に増えているかはわからないんだけど(笑)、参加者500人規模のサーフィンイベントがいくつかあったりウォーキングしにくる人が増えていたりと、目的が増えた分人も増えているという結論でした。」

「同時に松クイ虫の仕業で松が枯れてしまっていることなど、隠さないで全体像を伝えるってところもあの記事のポイントですよね。観光資源といえども、みんなで守っていかねばならない時代にも入ったことですし、まずは知ることから、ってところもたくさんありますもんね。」
日下
「そうそうつい最近シンポジウムがあったんだけど、そこでも遊歩道がもっと整備されれば一層訪れる人が増えるんじゃないかって話にもなってました。」

平砂浦コースタルフェスタ

山野
「私先日のサーフィン大会見に行くまで一度もいったことなかったんです。」

皆 「え“~~~」


岡村
「でも平砂浦は海水浴場ではないし、サーフィンとか海のスポーツやっていない限りあの細い遊歩道渡ろうなんて思わないかもしれませんよね。」
山野
「実際に行ってみて本当にびっくりだったんです。あんなにすごい景色だったんだなぁって。」

「あの前の道を通ることはあっても松でほとんど海岸見えないんですよね。10月28日には松の植樹祭もあることですし、これからどんどん整備や環境保全の意識が高まって平砂浦の良さをアピールしていってほしいと思います。」

 館山にある大自然はそのほとんどがあまり手の加えられていないままに存在しています。このゴツゴツしたむき出しの自然が魅力的なものの、裏を返せば問題が手つかずのまま残っていたり、利用者のマナーによっては徐々に破壊が始まってしまっているところさえあります。
自然資源というものはひと区画にテーマパークを作ることなどとは異なり、広範囲の様々な現象が互いに支えあって作られているものですので、崩れてしまうことは一瞬でも、その原因を探りだし元通りにするには膨大な時間と労力を必要とします。
平砂浦海岸の松に見られるような現状をより多くの人が共有することで、当たり前のように存在する自然ではなく、守っていくまたは長期的に修復していく「自然」という新しい意識作りと実践的な活動が求められているのではないでしょうか。

歴史と伝統


「地元の人も知らなかったシリーズでは、お祭りはどうでしょうか?山野さんさすがにお祭りは行ったことありますよね?(笑)」

なぜ やわたんまちでは神輿や山車が集結するの?

山野
「はい、もちろんです。(笑)お祭りは大好きなんで!」
岡村
「ほんとすごいですよねー。こっちにきてビックリしたのは、年間を通してお祭りのために生きているって人がたくさんいるんですよね。実際に行ってみて規模も伝統も他の地域と格が違うなって思いましたし。」

「その品格のようなものが現れているのが、7月21日のテーマになっていた神輿や山車に見られる彫刻ですよね。日下さん取材されてどうでしたか?」

なぜ館山には名工の彫刻が多いの?

日下
「そうだね~話には聞いていたものの、実際取材に行ったり調べたりしてからいざ彫刻を見せてもらうと鬼気迫るもの感じましたよ。よく見てみると作者や地区ごとに特徴も見分けられるようになって、何よりあそこまでの芸術作品を持って練り歩くんだからすごい行事ですよね。」
岡村
「私もこのテーマで彫刻について少し知ったので、祭りの最中神輿や山車を見るにつけてはあれは後藤…誰かなぁなどと話してました(笑)。ただ催しの間は提灯などに隠れてあまりじっくりみれませんでしたが。」
日下
「そこはよく指摘される点だよね。これまで、彫刻の価値についてそこまで顧みられてこなかった結果なんだと思うんだけど、取材してみた感想としてはその意識は明らかに高まってきてると思う。」

「那古の地区なんかでは、時間帯によっては提灯を外すことになったという話もありましたよね。」
日下
「自分で参加してみて思うのは、まずは数万人規模の大きなお祭りの熱狂とあのお酒を限りなく飲みながらの限界までの体力勝負。これまで体験したことのないような覚醒状態を感じたんだよね。こうした伝統的な祭りのスタイルそのものは他の地域でも受け継がれてきているんでしょう。ただ、安房の場合は歴史がなんといっても深い。そういう観点からもっともっと祭りを楽しむことが今後できるようになるのではないかと思います。」

なぜ館山は平和学習がさかんなの?


「ほんとですよね。僕も江戸末期から明治にかけての『マグロ延縄漁』だったり、そこから派生する『アバラが一本足りない』『万祝』の記事を書かせてもらいましたが、一箇所の土地でここまで変化があった場所も少ないと思うんです。特に戦争遺跡のテーマの時、沖縄戦のあと本土決戦はここ館山が想定されていただなんて知る由もありませんでした。
今ではリゾート地として認知されている館山ですが、先に起こったこの変化に目を向けて歴史を全身で感じられる場所でもありますし、そういった意味では今と昔を繋ぐ学びの場、体験の場、ワークショップの場として門戸を開き始めているのかな~という気もします。」
岡村
「新しいガイド団体なども登場していますし、ガイド養成にも力を入れていってほしいですよね。」
日下
「そうだね。OMOTENASHIご当地グルメ炙り海鮮丼も誕生し大好評だそうだし、これから館山ならではの、国際的に開かれたOMOTENASHIが街全体で少しでも多くできるようになったら本当に素敵な、そして豊かな街になるように思います。」

 個々のテーマから派生した話は尽きませんが、こうした横の繋がりに目を向けていくと館山というイメージが充実した実感として浮かび上がってきました。ここまでの体験をさせて頂けたこの「たてやまGENKIナビ」に改めて感謝の意を捧げるとともに、館山は年間を通してこんなに見所がいっぱいなんだ、というところを読者の方々に知っていただけたらと思います。

それでは最後に地域レポーターの皆さん、そして市の窓口としてサポートしてくださった商工観光課の獅子田さんに感想の一声をお聞きしてたてやまGENKIナビを締めくくりたいと思います。

日下さん

「実際に昔から館山に住んでいる方々から、こんなの全然知らなかった!という声をたくさん頂きました。このことは嬉しかったですが、ただ、GENKIナビで扱った情報というのはこれまで例えば行政が発行してきた資料などに必ずでてきてはいるんですね。我々のバイブルは40年前に発行されたこの『館山市史』だったりしますから(笑)。『謎』といった形で関心を寄せやすいテーマから始められたことが良かったのかもしれません。是非これからも単なる『謎』のまま終わってもいいですから、この土地に興味をもって住む方々が増えて欲しいと思います。」

岡村さん

「私は、こちらには1時間半で来れちゃうというのもあって、あんまり南房総にきたって実感がなかったんです。人が少ないな~とか満員電車がない、とかそんな違いはもちろんありましたけどね。そんな中GENKIナビに携わってこうして地図をみたりとか各観光地に暇なときに行ってみたりして、は~ここ南端だ・・・移住してきたんだな~と想う機会が増えました。だから、私がそうであったようにピンポイントでトンボ返りして遊んでるような方々には是非たてやまGENKIナビを読んでせっかくの来房を2倍も3倍も満喫していってほしいと思います!」

山野さん

「たてやまGENKIナビをやらせてもらって、地元だったんですけどほんと何も知らなくて、移住してきた方々の方が全然詳しいな~とつくづく感じていました。私は特にイベント情報担当なのですが、そんなことから自分もイベントに足を運ぶなどして、こんなに近くにあった素晴らしい場所に感動してしまいました。私の友達も高校を出たらすぐに上京してしまう子ばかりなのですが、是非そういった方々にも地元の素晴らしさを知ってもらいたいなと思いますし、願わくは戻ってきて欲しいと思います。私も実は引っ越そうと思っていたんですが(笑)、今ではこの地に住んでいこうと思うようになりました。」

東(筆者)

「今回の事業が始まる前のミーティングの時に『人』に焦点を当てて取材を進めたらどうかというお話があって、僕なんかは本当に何もかもが初めての体験でしたので、どんどん人に会っていこうと努力しました。するとどうでしょう、こういう言い方をしたら変かもしれませんが、都内で生活していたら決してお会いすることのできないような人生観やライフスタイルを持った方々のお話をたくさん聞くことができました。特に農家の方たちは、身体を動かして日焼けして毎日を太陽とともに過ごしている感じで、生き生きしているというかそんな印象がありましたね。ある謎のキーを握るような方たちはさすがに深い人格者の方ばかりで。そこで思ったのは、これからは観光といっても自然や料理やイベントを楽しむだけでなく、その土地に住む人と触れ合う機会がもっと増えたらいいのではないかと。都心に住まう方々とのその垣根のようなものがより一層なくなっていくことを願っています。」

獅子田さん

「私も地元生まれで、学生時代に館山を離れてその後帰ってきたものとはいえ、これだけ多くの観光資源をピックアップしてまとめあげることができるとは思っていませんでした。皆さんやコーディネーターの鈴木聰明さんのおかけです。謎をテーマに進めてまいりましたが、ちょっとした小話のようなものは家庭内で語られたり人から人へ形を変えて伝わっていきますので、ここいらでしっかりした根拠をもって一つの定説を作ってくれたことは資料として大変有用性があると思います。この43タイトルで講習会でもやってもらいたいぐらいですよ。(笑) ともあれ、面白く地域がわかるという観点で作られているので、広く一般の方々に読んでもらいたいですね。」

それでは、長くなりましたが、たてやまGENKIナビ最後の締めくくりをなす座談会をこれにて終了させて頂きます!これまで記事にイベントに協力していただいた方々、そして応援してくれた方々本当にありがとうございました!今年度いっぱいサイトは存続いたしますので、是非館山へお越しの旅のお供に、またはガッツリ読んで館山マニアになってください!チャオ~♡

渚の駅たてやまデッキより


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